強引社長の不器用な溺愛
しばしの無言が私たちのテーブルに訪れる。
社長がようやく、今日の接待について口を開く。


「今日は会食だ。おまえの仕事は、何を言われても適当にニコニコしていること。下手に答えたり、反論する必要はない」


意味がわからない。
なんだろ、お飾りの役目なのだろうか。まあ、そうだよね。
接待役の若い女子って役で呼ばれたんだろうね。


「何か話を振られたら、俺が答える。おまえは俺に話を合わせろ。余計なことは一切口にするな」


「はぁ」


えーと、話好きなオジサマ社長さんが、バブル期の武勇伝を語りだしても、変な顔するなっていう類の注意ね。

しかし、もうちょっと相手先の情報くらい、くれてもいいんじゃないかなぁ。
全部想像で補ってるんですけど。

コーヒーショップを出ると茗荷谷方面へ坂を上る。
大学のキャンパスや、オフィスビルが並ぶ道を右へ折れると一転住宅地になった。
低層のマンション、大きな邸宅。社長は私の少し前を歩き、一軒の邸宅の前で立ち止まった。

思わずため息が出そうな立派な門構えには硲田(さこた)の表札。
はいはい、硲田さんちなのね。知らないけれど。

社長はチャイムを鳴らすと、インターホンから相手を訪ねる声が聞こえる。


「東弥です。遅くなりました」


なぜか社長がファーストネームを名乗った。

このときに妙だと感じていればよかったのだけれど、私は初めてのお宅で役割不明瞭なもので、緊張していた。
さしたる違和感を覚えなかったのだ。

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