強引社長の不器用な溺愛
確かに、まだ俺たちにその気があるかどうかもわからないのに、他の社員に妙な揶揄をされたくない。

さっさと仕事をまとめて、篠井とは時間差で職場を出られるよう調整しとこう。


「社長……」


俺を困惑げに呼ぶ声の方を見ると、当の篠井が青い顔をして立っていた。
うおお、どうした。具合悪いのか?


「篠井?」


「お母様がいらしてます」


篠井が顔を近づけささやくように言った。

は?誰のお母様だって?

俺がオフィスチェアを転がし、出入り口を覗くとそこには俺の母・八束珠代がいた。
薄紅の訪問着を着て、ちょうど土屋が応接スペースに案内するところだ。

マジか。
マジっすか。

篠井が素早く小声で問う。


「幸弥さんは、社長と私のことを話したんでしょうか?」


「いや、篠井の言葉に甘えて、兄貴にはまだ口止めしてある。なるべく早く、俺から謝罪するってことで」


でも、その謝罪っていうのは、兄貴の立場ありきだ。
俺が母に婚約の嘘をついたのは、俺が“着物のさこた”を継がないとアピールするため。
兄貴が跡目を継ぐことと、兄貴の結婚を母が納得し、了承してからでなければ意味がない。

今、暴露したら、母は俺の嘘を兄貴のせいにでもしかねない。
余計に兄貴の立場が悪くなる。


「社長、婚約者で通しましょう」


篠井には俺の考えるところが先読みできたようだ。

ホント、頼りになるよ、おまえはさ。
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