カフェ・ブレイク
話が見えない。
「わざわざ、京都のトップクラスの私学から神戸の公立高校を受験し直す子がいる、ってこと?……それ、意味ある?家庭の事情?」
親の離婚とか、経済的に苦しいとか……。

なっちゃんは、ムクッと顔を上げた。
「恋ですよ!恋。好きな男を追っかけて。……いじらしいけど、まさか、そこまでする~?」

恋……。

「めっちゃ恋愛体質?すごいな、それは。でも、普通は親がとめるんじゃないの?……親の顔が見てみたい……」

俺がそう言うと、なっちゃんの顔から、また血の気がさーっと引いていった。
「まさか……」
なっちゃんは無意識にお腹を抱きしめるように抱えていた。

しばらくして、なっちゃんの携帯電話が震えた。
恐る恐る電話を見て、なっちゃんはガックリと肩を落とした。
そして、あからさまに挙動不審になった。

「どうした?」
そう聞くと、なっちゃんは涙目で俺を見た。

「挨拶に来る、って。章(あきら)さんにも、会いたい、って。」

……誰?……と、聞くまでもない。
京都の男が、来るのか。

俺は、意外と動揺してなかった。
むしろ、正体のわからない影に怯える生活に終止符を打てるのなら、と、前向きに感じた。

「わかった。なっちゃんは、心配しなくていいから。お腹の子が不安がるから、泣かない!」

それから、スーッと深呼吸をして、店内のお客さまに言った。
「すみません。今から内輪の話でお騒がせするかもしれません。そのまま残っていただいてもけっこうですが……いたたまれないかたは、今のうちにお引き取りください。」

……当然、誰も席を立たなかった。
むしろ、みなさま、わくわくしてるし。
「気にすんな。わしら、なっちゃんの味方や。」
……俺の味方、じゃないの、な。

なっちゃんは、ふーっとため息をついた。
「クンパルシータが閉店してから、美味しいコーヒーが飲めないってボヤいてらしたから……つい口を滑らしたんですよね……クンパルシータより美味しいコーヒーが飲めるお店を知ってる、って。」

ヒクッと、片頬が引きつった。
なっちゃん……うれしいけど、ものすごーくハードル上げてくれたもんだ。
レギュラーブレンドの豆を、今更ながら選別したくなってきた。

いーや!
じーさまの代から厳選してきた豆だ。
自信を持て!俺!

とりあえず、井戸直結の蛇口をひねり、新鮮な水をケトルに注いで火を入れた。
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