カフェ・ブレイク
ずるい、と思う。
こんな風に一方的な情報の断片だけを押し付けられて、俺はどうすればいいんだよ。

離婚した?
……かわいそうに。
あんなイイ子が、故郷から遠く離れた地で放り出されたのか。
心細くはないだろうか。
……いや、そんなに弱い子じゃなかったっけ。

なっちゃん。
俺の心ない言葉ではすぐ泣いちゃったけど、芯は強い子だったよな。
雄々しくたくましく生きてるんだろうか。
マジで幸せになってほしかったんだけど……。
大丈夫かな。



その年の大晦日、見かけない男が来た。
背が高くて色の白い、曲者っぽいニヤけた面構え……なんとなく普通じゃない気がした。
その筋のヒトとも思えないけど、ちょっとヤバそうな男だった。

「いらっしゃいませ。」
いつも通りの営業スマイルを貼り付けて、おしぼりとお冷やを出す。

男はカウンターに座って、ニヤけた面(つら)でずっと俺を見ていた。
……もしかしてゲイ?
そういうお客さまももちろんいらっしゃるので、気にしないように笑顔をキープして注文を聞いた。

「マスター、かっこいいね。」
コーヒー豆を挽いていると、不意にそう言われて、さすがに笑顔が引きつった。

でも、好意や下心は感じなかった。
むしろ逆。
揶揄?
悪意まではないけれど……そう、興味本意?
いずれにしてもあまり気持ちいいものではない。

まあ、危険もなさそうなので、営業に徹することにした。
「ありがとうございます。もういい歳のおっさんなので、そんな風に言われると気恥ずかしいですが。」

そう言ってから、ふと気になって、笑顔で尋ねた。
「こちらには、ご旅行ですか?」

「んー。奈良からなので、ドライブですね。」
どう聞いても奈良の言葉じゃないけどな……。

「お車ですか?わざわざ、駐車場もない、駅前の商店街の店に、珍しいですね。」
てか、怪しすぎるだろ。

つい聞きすぎてしまった俺に、そいつはニヤリと笑いやがった。
「マスター、僕に興味があるんですか?……困ったな、僕、そっちの趣味はないんだけど。」

他の客が一斉にドッと笑った。

くそっ!
俺は頭をかきむしりたくなった。

「……失礼しました。私も、女性が好きです。」
何を言ってるんだ、俺は。
調子が狂うなあ。

低い深呼吸をして、席を立ったお客さまのお会計と後片付けをしに行く。

俺に背後でカウンターの常連さんが、怪しい男に話しかけてる。

会話に出てきた地名を俺の耳が捉えた。
横浜!?

ちょうど1年前に横浜から引っ越して来た?

まさか……こいつ、なっちゃんの別れた旦那か!?
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