恋の指導は業務のあとに


「羽生さん。私ね、今日はその、用があって、家に帰るの遅くなります。だから、その・・・」


ランチ時、サンドイッチを食べながらオズオズと話しかけてきた彼女に、分かったと事務的に返す。

たまに彼女は同期の子と食事をして帰ることがある。

付き合い始めてからずっと、俺は若葉の部屋に寄ることが日常化していて、留守ならばそのまま帰るのだが、いないと報告してくるのは若葉なりの気遣いなのだろう。

今日は俺も外食して帰るか。


夜8時に仕事を終え、いつも寄っていた小さな居酒屋に行く。

いらっしゃい!と俺の顔を見た大将に「久しぶりだな!彼女でもできたのか?」と訊かれて首を縦に振った。

すると、いつも顔を見る客たちが一斉に歓声を上げた。聞いていたのか。


「特定の女は作らんと思っていたぞ!」

「あんたが惚れるなんてどんな子だ?」

「今度連れて来いよ!」


俺をどんな男だと思っていたかは分からないが、あちらこちらから声をかけられる。

酔いが程よく回って陽気な彼らに、曖昧に返事をしておく。

ここの客は大酒飲みばかりで、若葉をここに連れてきたらアルコールの匂いだけで酔いそうだ。


「ごちそうさま」

「あいよ!また来てくれよ!」


笑顔の大将に手をひらりと振って店を出る。


「若葉は、まだ帰ってきていないのか」


マンションの3階の角部屋には明かりが点いていない。

久しぶりにひとりで寝る夜は、ベッドが冷たく感じられた。


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