恋の指導は業務のあとに
負けじと睨み返して、精一杯背伸びをして目線を近付けて、大きな声で捲し立てる。
「私、下の部屋に住んでるんですけど、今帰ってきたら水浸しなんです!今すぐ水を止めてください!あなたの部屋だって濡れているんじゃないですか!?」
「はあ?何言ってるんだ。水なんか出して・・・」
眉間にシワを寄せた不機嫌な顔のまま考え込んだ瞳から、怒りの色がすーっと消えて焦りに変わった。
「まさか」
そう呟いて慌てて引っ込んでいった方から、短い叫び声が聞こえてきた。
しばらくして戻ってきた男は、濡れたバスタオルらしきものをを手に持っていて、なんともバツの悪そうな顔をする。
「あー、悪い。つい寝ちまって」
「つい?ついって、なんですか。それに、悪い、じゃすみません!うちはすっごい被害なんですから!ちょっと来てください!」
再び両手いっぱいに荷物を持ってびしょぬれの我が家まで先導しようとすると、ちょっと待った!と呼び止められた。
「なんですか」
「それ、ここに置けよ。俺、スマホ持ってくるから」
ドアをいっぱいに開けて玄関横のスペースを指差した男は、部屋の奥に引っ込んでいった。
トランクとバッグと買い物袋、全部を玄関先に置いて待っていると、奥から話し声が聞こえてくる。
彼女でもいるのだろうか。
まさか、彼女とベッドの中にいて水を止め忘れたのだろうか。
そうだとしたらすっごいムカつくんですけど!
まだですか!?って、声をかけたくなる衝動をなんとか抑えていると、待たせたと言って戻ってきた。