恋の指導は業務のあとに
和牛の串焼きをリクエストする声は、おなじみの甘ったるい声に消された。
駆け寄ってくる牧田さんは、いつもツーンとしている高級な犬が、ご主人様だけには甘えているような、そんな感じがする。
牧田さんのそばには秘書課所属らしき子たちが2人いて、みんな羽生さんを上目づかいにして見つめている。
みんな、羽生さんが好きなのかな。
「何か買うんですかぁ?きゃーん、どれもおいしそう~」
「じゃあ、牧田さん、俺が買ってあげますよ。何にします?」
近くにいた男子社員であろう人が、財布を出しながら牧田さんに声をかけると、ぱっとそちらを向いてにっこりと笑った。
「ありがとうございますぅ~、でも今ダイエット中なんですぅ。夏が近いし、海とかプールとかに行きたいしぃ。ね?羽生さん?」
「そうですか」
興味なさそうに相づちをうって、羽生さんは串焼きを2本買った。
そのうちの1本を私に差し出してくれる。
「これだろ」
リクエストは牧田さんの声で掻き消えたのに、わかってくれたのだ。
「・・・ありがとうございます」
「そろそろバスが出発する。行くぞ」
背中をスッと押されたので、一緒にバスに向かう。
背中に刺さるような視線を感じてぞくっとするけれど、振り返る勇気はない。
多分牧田さんのダイエット発言は“海に連れてって”アピールだと思うのだけど、気づいていないのかな?
羽生さんって、意外と女心に鈍感なのかもしれない。
「お、串焼きっすか!うまそうっすね。俺も買えばよかったなあ」
バスに戻ると、串焼きを目ざとく見つけた清水さんが残念そうな声を出す。
清水さんはたこ焼きのトレイを持っているのに、結構食いしん坊なのだ。