ビタージャムメモリ

「歩の奴、練習不足だな」

「わかるんですか」

「わかるよ、まあ支障のない範囲だけど。帰ったらお説教だな」



そう言いながらも先生は満足そうに、かすかな微笑みを口元にたたえて、歩くんをじっと見ていた。

なんだかんだ、自慢の甥なんだろうなあ…。


演奏は一時間ほど続き、ラストの『サンタが街にやってくる』で盛り上げに盛り上げた後、四人は現れた時と同じように、ぱっと席を立って袖へ下がった。

鳴りやまない拍手の中、先生がコートを手に取って立ち上がる。



「ごめん、前を失礼」

「あっ、どうぞ」



条件反射で脚を折って、通るスペースを空けた後、ホールを出ていく背中を見送って、私は衝動的に席を立った。





「先生!」



先生の足は思ったより早く、パーティ会場の人混みをかきわけて外に出た時には、そう呼びかけないといけないくらい先にいた。

あたりはすっかり夜で、いかにもこれから冷えますという感じに空気が凍っている。

先生は足を止めて、白い息を吐きながら振り向いてくれた。



「もうお帰りになるんですか」

「歩の出番は、あれで終わりだから」



小走りに追いつくと、そう言ってうなずく。

呼び止めておきながら、特に何を話すかも決めていなかった私は、とりあえず息を落ち着かせようと何度か呼吸をした。

ええと…。



「定例会の件、急に呼びつけた形になって、悪かったね」

「えっ?」



いきなりなんの話かと、思わず聞き返してしまう。



「いえ、そんな」

「発表会の後、すぐ広報部長さんに相談したんだけど、なかなか返事をもらえなくて」

「そうだったんですか」



部長もあれやこれやで忙しくしていたから、調整が追いつかなかったのか、あるいは単に忘れていたのかもしれない。

あれ、ということは…。

その話は、だいぶ前に出ていたってことだ。

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