ビタージャムメモリ
「顔、上げてよ」
「む、無理です、すみません」
「どうして?」
「泣いたので…」
あわわ。
言っちゃったら意味ないよ。
慌てた私を、先生がくすりと笑うのが聞こえる。
同時に、指がふっと離れていった。
それにつられるように顔を上げたら、予想を超えて、面白がっているような笑顔に迎えられた。
「香野さんは、なんで俺なの」
えっ。
マフラーを小脇に挟んで、両手をコートのポケットに入れている先生は、なんだかやけに空気が柔らかくて。
急にその存在が近くなったように感じられて、戸惑う。
「なんで…」
「まだ24、25? 同世代にもっといい子、いくらでもいるでしょ、なのにわざわざ俺とか」
「そういう問題じゃ」
「とか訊きたくなるくらい、不安があるんだよ、こっちも」
目を伏せて微笑むと、白い息が散る。
不安、なの。
先生が。
…何について?
「昔からそうなの?」
「昔からって…」
「教師とか、父親みたいな年上の男に憧れるタイプだった?」
「それは…あんまりです、失礼です、私に」
「じゃあやめときなよ、俺なんて」
思わず食ってかかったら、さらりとそんな反論をもらって、言葉が続かなくなった。
先生は微笑んだままで。
何を言おうとしているのか、私にはわからない。
「さっきも言ったけど、俺はこういうのには懐疑的だよ、すごく」
「…ご迷惑なら、そう言っていただければ、私は…」
「迷惑?」