ビタージャムメモリ
暗くなりかけの空の下を、駅のほうを目指す。
もう舞い上がって、うまく歩けているかも自信がない。
「通勤は、歩きですか?」
「そうだね、真夏とか、天気の悪い日は車を使うけど」
「ちょっと距離、ありますもんね」
事業所のまわりは、言っていたとおり飲食店らしきものはなく、静かな住宅街だった。
「よく、食べて帰られるんですか」
「いや、食堂が夕食も出すんだよね、歩のいない日はそこで食べていくことが多いかな」
「食堂の業者さん、本社とこの事業所で違うの、ご存じですか? こっちのほうがずっとおいしいんですって」
「ほんと?」
初めて聞いた、と先生が笑う。
「よく知ってるね」
「一応、広報部なので」
なんとか会話が軌道に乗った気がして、ほっとした。
でも、その次の話題を、私はたぶん、間違えた。
「今日お会いできるなら、マフラー持ってくればよかったです」
先生の返事が一瞬遅れたことに、気づかなければよかったのに。
並んで歩きながらも、ほんの少しだけ先を行く先生の、吐く息が白くて、気づくともうあたりは真っ暗だ。
「いいよ、いつでも」
空白をごまかすように、先生はこともなげにそう言って笑った。
私は先生が不思議そうに振り返るまで、自分の歩みがどんどん遅れていることに気づかなかった。
「…香野さん?」
「あの、私…」
どうしてマフラーなんて、微妙な話を持ち出しちゃったんだろう。
いつ返そうかってずっと気になっていたのも確かだけど。
わざわざ口にして、まるで意識してくださいって言っているようなものじゃないか。
「すみません、ええと、別に図に乗ったりしてませんから、その…」
数歩離れたところにいる先生の、靴の先だけ見ていた。
目を見たら、絶望する気がして。
もう舞い上がって、うまく歩けているかも自信がない。
「通勤は、歩きですか?」
「そうだね、真夏とか、天気の悪い日は車を使うけど」
「ちょっと距離、ありますもんね」
事業所のまわりは、言っていたとおり飲食店らしきものはなく、静かな住宅街だった。
「よく、食べて帰られるんですか」
「いや、食堂が夕食も出すんだよね、歩のいない日はそこで食べていくことが多いかな」
「食堂の業者さん、本社とこの事業所で違うの、ご存じですか? こっちのほうがずっとおいしいんですって」
「ほんと?」
初めて聞いた、と先生が笑う。
「よく知ってるね」
「一応、広報部なので」
なんとか会話が軌道に乗った気がして、ほっとした。
でも、その次の話題を、私はたぶん、間違えた。
「今日お会いできるなら、マフラー持ってくればよかったです」
先生の返事が一瞬遅れたことに、気づかなければよかったのに。
並んで歩きながらも、ほんの少しだけ先を行く先生の、吐く息が白くて、気づくともうあたりは真っ暗だ。
「いいよ、いつでも」
空白をごまかすように、先生はこともなげにそう言って笑った。
私は先生が不思議そうに振り返るまで、自分の歩みがどんどん遅れていることに気づかなかった。
「…香野さん?」
「あの、私…」
どうしてマフラーなんて、微妙な話を持ち出しちゃったんだろう。
いつ返そうかってずっと気になっていたのも確かだけど。
わざわざ口にして、まるで意識してくださいって言っているようなものじゃないか。
「すみません、ええと、別に図に乗ったりしてませんから、その…」
数歩離れたところにいる先生の、靴の先だけ見ていた。
目を見たら、絶望する気がして。