ビタージャムメモリ
わっ、聞いてなかった。



「すみません、なんでしょう」

「荷物がひとつ足りない気がする」

「え」



言われて、カウンターの上に並べた紙袋やビニール袋を数える。

買ってきた生鮮、お惣菜、お菓子、飲み物…あっ。

仕込んできたサラダがない。

たぶん、助手席の足元に置きっぱなしだ。



「すみません、取ってきます」

「いや、俺が行くよ、残りやってて」



私の肩に手を置いた先生が、見上げる視線に気づき、足を止める。



「何?」

「歩くんとやっぱり似てるなあと、声」

「そう?」

「呼ばれる時の感じなんて、そっくりで」

「間違えないでね」



笑顔で釘を刺し、車のキーを手に出ていった。

先生が、弓生と呼んでくれるようになったのは、わりと最近だ。

文字のほうが適応が早くて、すぐにやりとりの中で使ってくれるようになったんだけど、声に出して呼ぶとなると、それなりに準備期間が必要だったらしい。


あれから私と先生は、予定が合えば土日に会って、食事をしたり買い物をしたり、ドライブしたりするようになった。

ある時、人込みの中で先生を見失ってしまい、まごついていると、さっきみたいに『弓生』と呼ぶ声がして。

一瞬、歩くんが現れたのかと思うほど似ていたその声に、私は初めて呼んでもらえた感動も忘れて驚いてしまった。

先生は先生で、それが初めてだという自覚もなかったらしく、呆然とする私を不思議そうに見て。

遅まきながら赤くなった私の説明を聞いて、困ったように笑った。


さすがにもう慣れはしたけど、それでも呼ばれるたび、胸が鳴る。

一回呼ばれるごとに、ちょっとした嬉しい何かが貯まっていく。

そんな感覚を楽しんでいる。



「今度は何?」



生クリームを泡立てているところに、先生が戻ってきた。

サラダの容器を冷蔵庫に入れ、私の手元を覗く。



「ケーキです、スポンジだけ焼いてきたので、これからデコレーションするんです、歩くんの好きなココアクリームで」

「相変わらず甘やかしてるね」

「プレートも作ってきたんです、メッセージ書こうと思って」

「…なんて?」


< 212 / 223 >

この作品をシェア

pagetop