ビタージャムメモリ
…なんてだろう。

気持ちとしては"おめでとう"なんだけど、本人も言っていたとおり、入学したわけでもなく、ただの年度始めの一日だ。

クリームを絞る間も、どんなメッセージにしようか悩み。

いざミルクチョコのプレートを前にして、なおも悩んだ。


名前だけってのも意味がわからないし、絵はスキル的に難しい。

あっ、"頑張って"は?

うん、いいかも。


ようやく見つけた言葉を、湯せんしたチョコペンで慎重に書き始めた時、顔を何かがくすぐった。

髪をまとめているため、露わになっている耳から頬にかけてを、柔らかい感触がたどっていく。

いたずらめいた軽い音。


チョコが柔らかいうちに、一気に書きたいのに。

集中したくて頭を振ると、吹き出される。

しつこくキスが来たので、思わず手で払いのけ。



「あっち行っててよ、歩くん」



先生はそれっきり、何も喋ってくれなくなった。



完成したケーキを冷蔵庫に入れると、あとは主賓の帰りを待つばかりになった。

先生はむっつりと無言で、ソファに寝転がって新聞を読んでいる。

おそるおそるそばに寄ったものの、無視だ。



「先生、あの、すみませんでした…」

「何について謝ってる?」



新聞の陰から、不機嫌な眼差しが見上げてきた。

…歩くんと間違えたこと、です…が。

もじもじしていると、先生がため息と共に身体を起こし、新聞をテーブルに放る。



「弓生はさ、俺がこんなふうに機嫌を損ねると、いつも意外そうに、びっくりするよね」

「えっ、はい…それは」



だって実際、驚きます。

何があっても泰然と、気にせず流しそうなものなのに、プライベートの先生は意外と、気に入らないことがあると素直に機嫌が悪くなる。

まあ、ここまでのはさすがに初めてだけど…。

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