性悪女子のツミとバツ

「安井さん、落ち着いてね。でも、出来るだけ急いで。」

言葉を発しなくなった私を心配したのか、どこか矛盾している忠告を受けた時には、すでに私の心は決まっていた。
「ありがとうございます」と、一言だけお礼を言って受話器を置いてから、至急の仕事だけを片づける。幸いにも、メール一通と電話一本を済ませば、あとは明日に回しても大丈夫だった。
隣の席の園田さんに手短に事情を説明して、早退することを外出中の主任に後で伝えてもらうようお願いした。
…はずだが、ちゃんと伝わったかは分からない。
とにかく私は急いでいた。
オフィスを飛び出して、更衣室のロッカーの中のバッグを掴んで走る。
気づいたら、駅に向かって全速力で走っていた。


どうしても、一目会いたかった。
ちゃんとこの目で、彼の無事を確認したかった。
もし、彼がピンピンしていたら、一体何をしに来たのだと笑い飛ばされよう。

頭でどれだけ離れようと考えても。
本能的に、彼を求める私がいる。

たとえ、側に居られなくても。
永遠に、その胸に飛び込めなくても。
すでに、ほかの誰かのものでも。
ただ、彼という存在が、今の私にはまだ必要だった。


あなたが居ないと
たぶん生きていけない。

安っぽい言葉だけれど。
おそらく誰にも彼にさえも理解されないかもしれないけれど。
これが、今の私の真実だ。
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