うそつきハムスターの恋人
階段から転げ落ちたこと、FC運営課の水嶋さんという社員が助けてくれたこと、その水嶋さんがどうやら怪我をしているようなので、病院に付き添いたい旨を伝えると、課長は小さな目をしぱしぱとさせて早口で言った。

「そりゃあ大変だ。すぐ病院に行きなさい。大澤さんもちゃんと診てもらうように。今日は早退していいから」

「私はなんともないんですが……」

「いや。ちゃんと診てもらうこと。いいね」

はい、と小さく返事してデスクに向かうと、喜多さんが「ほんとに大丈夫なの?」と小声で聞いてきた。

「ほんとに大丈夫なんです。私は無傷。あ、あとメール便もだんなかったみたいです」

だんなかったってどんな日本語よ、と喜多さんはくすくすと笑う。

「ただ、水嶋さんっていう人の方が痛そうです……」

「あぁ、水嶋くんね。私、同期」

「水嶋さんってあの有名な?」

向かいの席に座る同期の加地(かじ)くんが、パソコンとレターボックスの間から顔を覗かせた。
いつもにこにこしている加地くんは営業部のマスコット的存在。
染めているわけでもないのに茶色い髪や、少しタレ目で笑うとくしゃっとなるところがかわいいと、先輩たちにかわいがられている。

「有名な人なの?」

訊ねながら、データを上書きしてパソコンの電源をオフにする。
付箋がまたひとつ、増えている気がする。

「そう、伝説のスーパーバイザーの水嶋さんでしょ?大澤さん、知らないの?」

「伝説のスーパーバイザーってなによ?」

その言葉のバカバカしさに、こんな時だけど思わず笑ってしまいながら、私はバッグを手に席を立った。

「とりあえず、病院に行ってきます。すみません。お先です」

ニ課の社員に声をかけて、営業部を出た。
エレベーターに乗り込み、一階のボタンを押しながら、怪我が大したことありませんようにと願った。
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