旦那様は、イジワル御曹司~華麗なる政略結婚!~
彼の言い分も聞かず、私は勝手にスタートコールをして走り出した。
結局彼も『あ、ずりぃ!』と叫びながら、すぐに駆け出してきた足音が聞こえる。
飛石の道は曲がりくねって長くて、百メートル以上あったように思う。けれどこの頃の私はとにかく身体を動かすのが好きで毎日遊びまわっていたので、おそるべき俊足で駆け抜けていった。
そして、年上で男子という好条件にも関わらず……その子は見事な鈍足だった。
『やったー! マナがいっちばーん!』
庭園出口付近の飛石の切れ目まで走り抜けた私は、振り返って彼がまだずっと後方にいるのを見ると、飛び上がって喜んだ。
百メートル弱の道を男の子はハヒハヒ言いながらゴールすると、びっしょり掻いている額の汗を何度も嫌そうに手で拭っていた。
『だ、だから駆けっこなんて子供っぽい競争嫌だったんだ……、勉強なら俺はいつだって一番で……』
息をゼイゼイ言わせながら彼はブツブツと弁解していたけれど、男の子に勝ったことが嬉しくてテンションの上がっていた私は聞く耳など持たない。
『次! 次何する? ねえねえ!』
まだ息の整わない彼の手を強引に引いて庭園に戻った私は、庭の中央にどーんと鎮座する樹齢二百年の札が建てられた松の木に目を止めた。
『次あれ! あれ登ろう! どっちが上の方まで登れるか競争ね!』
怖いもの知らずもいいとこである。私は松を囲う柵をヒョイと飛び越えると、赤いエナメルの靴を脱ぎ捨てて幹に手を掛けようとした。