才川夫妻の恋愛事情
部会が終わったのがちょうど定時の夕方五時半頃。
デスクに戻ると隣の島の花村さんはまだ誤植への対応に追われているようだった。同じく部会から戻ってきた才川さんに報告を入れている様子を見ていると、そう言えば、昨日才川さんが残業して作ってた旅館チェーンの資料って今日までだったんじゃ……と思い出す。才川さん、事例発表なんてしてる場合じゃなかったんじゃないの。花村さんも、本当に大変なことが重なってたんだ……。
今のところ、新人の私は二人と動いている案件はないし、手伝えることは何一つ思い浮かばなかった。それでも、ここでつるっと定時に帰るのはどうにも忍びない。それに今なら、猫の手を借りたいこともあるだろうと思って二人の背中に近付いていく。
「あの――……」
何か手伝えることありませんか。
そう言って、仕事の報告をしている二人に声をかけようとした時に。
「ごめん、野波」
後ろから声がして肩を掴まれた。
振り返ると、綺麗な顔を少しだけ苦々しくゆがめた松原さんがいた。
「今クライアントから電話があったの。今日のプレゼンの結果」
「え」
もうですか、と言うより早く松原さんは言う。
「再プレゼンですって」
「……再プレゼン?」
「最後にうちともう一社、どっちにするかを決めかねてるんですって。だからもう一度」
「それは、いつですか?」
「来週水曜日」
クラッとした。
それって、浅い経験値でもわかりますけど全然時間ないですよね?
「だから、ごめん。さっき定時で帰っていいって言ったけど、今から打ち合わせいける?」
「大丈夫です」
「悪いわね。方向性決めて、各担当に振りだして……そんで今日は、終電では絶対に帰るわよ」
「はい」
あ、終電まではかかるんだ、と思ったことは黙っておく。
新人・野波。一つ身をもって覚えました。
大変なことは重なるし、続くものです。