才川夫妻の恋愛事情






家に帰っても特段変わったところはない。

私が先に会社を出た日。遅れて帰ってきた才川くんからいつもと変わらずスーツを受け取る。



「お帰りなさい」

「ただいま」

「先にお風呂?」

「いや、飯」



私はご飯をつくるし、彼もそれを普通に食べる。

さすがにアレかなぁと思って「一緒にお風呂入る?」とは訊かないし、極端に構ってほしがることもしないけど。いつもと違うことと言ったら本当にそのくらい。それ以外は六年間続けてきた夫婦生活と何一つ変わらなかった。





ただ結婚記念日は何もなく過ぎた。





いつもなら、才川くんはその日が近付くと三日くらい前に「夕飯行くだろ」と何気なく予定を確認してくる。別の予定なんて入れるはずがないのに。

私はいつも少しだけもったいぶってみて「行けると思う」と答える。その度に才川くんは〝はッ〟と馬鹿にして鼻で笑った。そこまでが定番の流れだった。





でも今年は綺麗にぜんぶスルーした。





それだけがちょっと悲しかったけど、生活は何もなかったかのようにして続いていくから、わからなくなる。

才川くんはあの紙をどうするんだろう。








このまま普通に、何事もなかったように暮らしていくことはできる。あの日私は開いた引き出しから、離婚届なんて見つけなかった。離婚届なんて最初から存在しなかった。そう思い込むことも、できなくはない。

でも才川くんの手元には確かに私の署名と捺印が施された離婚届が残っている。

それはきっと彼に、いろんなことを考えさせるはず。



……まぁそもそも、なんで才川くんがそれを引き出しにしまっていたのかもわからないんですけどね。





とにかく私は、もう少し待つことにした。




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