才川夫妻の恋愛事情
いつも通りのやり取りで、もう、いいかなぁと思えてきた。
給湯室で、ドリップポッドの前でカップにコーヒーが溜まるのを待ちながら考える。
べつに〝別れよう〟って直接言われたわけじゃない。私が印鑑を〝押せばいいの?〟と訊いたときに〝押したければ〟と返されたことは、少し寂しかったけど。
私に離婚届を見つけられることが彼の本意でなかったんだとしたら、忘れるべきなのかも。そうなると啖呵を切って署名して捺印してしまったことが悔やまれる……。あんなこじらせるようなことしなきゃよかった。バカみたいに「もぉー何よこれー!」って言って笑って済ませて……いやいやいや。
それは正しくない。納得できなかったから私は、彼にあの紙を託したんだ。
お盆に部長用のコーヒー一杯だけを乗せてオフィスに戻る。今日のコーヒーすごく良い匂い……なんて思いながら、営業二課の奥にある部長のデスクへコーヒーを運ぼうとしたとき。
才川くんの後ろを通り過ぎる前に。
彼がぐい、と片方の手のひらを自分の肩の上で反らせた。
何かを受け取るのを待つポーズ。
――え、今?
と心内で驚きながら、私はコーヒーを載せたお盆を左手に持ち替え、右手でスカートのポケットを探る。毎日使うソレは簡単にポケットの中から出てくる。
彼のデスクに目をやると、数日前に私が記名・捺印した離婚届があった。
「……」
〝才川くんの印鑑は私が持ってるから、必要なときは声かけてね〟
確かに私、そう言いましたね。
右手の中の印鑑を、そっと彼の右の手のひらに預けた。