才川夫妻の恋愛事情
「私はあんたのトレーナーだからね。一段落したらちゃーんと飲みに連れていって忘れさせてあげるから、任せなさい」
「……玉砕すること前提じゃないですかぁ」
「なんなの、勝つ気あるわけ?」
そんなのあるわけがない。
松原さんにバレていたことで気が付いた。私はてっきりあの日見た不思議なものに惹かれているんだと、ずっと思っていたけれど。最初に気になったのは、そう言えば才川さんの真剣な横顔だったなぁ、と。深夜帰宅のタクシーに揺られながらそんなことを思ったのでした。
そして翌日、木曜日。午後三時半。
私はまっすぐ、彼のデスクに歩いていった。
「才川さん」
呼ぶと才川さんは何やら数字をエクセルに打ち込んでいた手を止めて、椅子を回転させて体ごとこちらに向けた。ふわっとした髪が揺れる。両端の上がった感じの良い口元と、切れ長の目。まともに向かい合うと少し息苦しくなる。だけど。
「どうしたの野波さん」
「今日、飲みに連れていってもらえませんか」
苦しくなるけど、できたら今日、私は。彼と向かい合っていたいと思う。
お誘いをした瞬間の才川さんは告白をしたときと同じように少しぽかんとして、不思議そうに口を開く。