才川夫妻の恋愛事情

彼が新聞を畳みだして、私ははっと壁の時計を確認する。同時に才川くんが言った。



「えらくのんびりしてるな、今日」

「あ、いや…………言ってよ!」

「なんでだよ」



幸せに浸っていたら遅刻しかけていたなんて間抜けすぎて、言えなくて。理不尽な非難を捨てゼリフにして慌てて身支度を整える。ゆっくりしている時間はなくて、マグカップとお皿をシンクに残し、一緒に家を出た。






……一緒に、家を出た……!






「……なにニヤニヤしてんの?」



マンションから歩き出したタイミングで、隣の才川くんがそう訝しげに尋ねてくる。指摘されてきゅっと口を結んでみたけれど、どうにも口の端がにやけた。隠すのは無理。すぐ諦めて質問に答える。



「一緒に出社できる喜びを噛みしめています……」

「……大袈裟」

「えー」

「別に今までもあっただろ。一緒に出社したことくらい」



そう言われればそうだ。でも違う。長い脚でさっさと歩く彼の歩幅に早足で付いて行きながら、精一杯前とは違うことをアピールする。



「前は不審に思われてたでしょ? 〝ラブホからか〟なんて冷やかされて……。でも今日はそうじゃないんです。勝手に邪推されるのと、一緒に来てて当たり前って思われるのとじゃ全然違います……!」

「あぁそうですか」



変わんないと思うけどな、とつぶやいて、才川くんは私の歩くスピードを気にして自分の歩みの速度を落とした。

彼の隣で他愛のないことをたくさん話す。彼は相槌を打って、たまに小さく笑う。そんなちょっとしたことが嬉しい。客観的に見た私は今、尻尾を振る犬みたいになっちゃってるのかなぁなんて思いながら。四六時中一緒にいられるこのかんじに新婚のごとく浮かれていた。





この後それが覆されるとも知らないで。

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