才川夫妻の恋愛事情



制服に着替えて自分のデスクにつくと始業開始の五分前。才川くんは隣の席で、全国紙の朝刊に目を通していた。いつも通りに挨拶をする。



「おはようございます」

「……さっき一緒に来たけどな」

「あ」



そうでした。長い間、朝に一度顔を合せているにも関わらずデスクでおはようを言っていたから、癖になってしまっている。〝馬鹿〟と才川くんが小さく笑ったのを尻目に、私は悔しい気持ちになりながら自分のパソコンを立ち上げた。逆になんでそんなに早く順応できるの? 不思議でたまらない。

……とは言っても、変わるのは挨拶くらいだった。朝の〝おはよう〟が一回になるだけ。夜に帰る時間が被ることなんてほとんどないから〝お疲れ様です〟は変わらない。仕事の内容だって変わらないし。



一つ、私の会社での名字をどうするかという問題はあったけれど、それもすぐに決着した。才川くんは〝旧姓にしておけば〟と言った。私も、どっちでもいいなぁと思ったので、通例に倣って旧姓のままでいることにした。うちの職場の女性は結婚しても旧姓でいる人がほとんどだったので。



私は引き続き、〝才川夫妻〟の〝花村さん〟でいる。



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