才川夫妻の恋愛事情


「今日は髪おろしてるんだ? 最近はまとめてたのに」

「だっ……」



誰のせいで! と言いかけて寸前で我慢する。更衣室からここまで来る一瞬の間に、キスマークのことをすっかり忘れていた。

ネタではなく本当に夫婦になったというのは、周知の事実なはずなのに。私たちに向けられるのは前と変わらず面白がる野次馬の視線。駒田さんが面白そうに、松原さんがしょっぱそうにこっちを見ているのに気付いて、下手なことは言っちゃいけないと押し黙る。

おろした髪の下に隠したキスマークは、更衣室では確認することができなかった。私の首の裏は一体どんなことになっているのか。いつ! とか、なんで! とか、問い詰めても意味がないんだろうなぁ。才川くんはきっとのらりくらりとして答えてくれないだろうし。



当の才川くんは、新聞を捲るのとは逆の手でデスクに頬杖をついて、笑っていた。



「おろしてるほうがいいよ」

「……」



パソコンの電源を入れて、すぐにコーヒーを淹れにいくつもりだった私はその場に立ったままだった。見上げるように頬杖で笑う才川くんの顔が、家での笑い方だったからつい、どきっとしてしまって。

こそっと訊いてみた。



「……おろしてるほうが才川くんの好みですか?」

「……」



丸くなった目を見下ろしてじっと返事を待つ。



< 287 / 319 >

この作品をシェア

pagetop