才川夫妻の恋愛事情
才川くんは一瞬黙って、それから口を薄く開いた。
だけど音が発せられるよりも前に、私が別の声に呼ばれてしまう。
「花村、ちょっと」
「あ、はい!」
呼ばれたほうを向くと部長と目が合った。手招きされて席を離れる。間際に才川くんのほうを見たけれど、もうこちらを見ていなくて、頬杖をやめて新聞に視線を落としていた。
訊きたかったことは有耶無耶だ。
痕を残されるのは困る。人に見せつけるようなことは正直好きじゃない。
だけどその理由が、〝髪をおろしているほうが好きだから〟なんて理由だったとしたら。
かわいい人だな、と私は思ってしまう。
まぁそうだとしても言ってくれないだろうなぁ……と諦めながら、部長のデスクへと早足に向かう。すると部長は私がついてきているのを確認しながら一番近い会議室へと入っていった。
(……んん?)
個室に呼び出してする話って、一体?
あまり経験のないことに内心ドキドキしながら会議室に足を踏み入れて、勧められるがままに部長の正面に座る。会議机を挟んだ距離で、部長は座ったまま前かがみになり両手を目の前で組むと、深いため息をついた。そして鋭利な瞳で私を射抜く。
「……」
「……」
沈黙の中を緊張が走って、私は自然と姿勢を正す。
すると部長は、ふっと空気を抜くように笑った。
「いきなり呼び出して悪いな花村。そんな緊張するような話じゃないんだ、楽にしてくれ」
「……はぁ」
それなら凄まないでほしかった……と、一気に疲労感に襲われた。それから、部長のおちゃらけた性格を思い出した。営業一本でやってきたこの人は、精悍な顔つきとは裏腹にいつでもピエロになれる人だ。