才川夫妻の恋愛事情
才川くんに〝今までありがとう〟とお礼を言われて、私は。
「――こちらこそ、ありがとうございました」
微笑み返して、その日のうちに荷物をまとめにかかった。
営業三課は二課から少し離れていたけれど、フロアが一緒なので引っ越しは楽だった。事務処理に使っていた書類やマニュアルは二課に残していくものがほとんどで、自分が使う文房具類は段ボール一つに収まる。私が荷造りをしている間、少しもこちらを気にすることなく仕事をこなす才川くんに話しかけた。
「引き継ぎ、必要ですか?」
「いや、大丈夫。元々は全部自分でやってたことだし。ありがとう」
「そうですか」
それでは、と微笑んで。段ボールを抱える。
「運んであげようか、荷物」
「いいえ、大丈夫です。軽いので。ありがとうございます」
そう、と彼も微笑んだ。今日はいやに微笑みあっている。
もぬけの殻になったデスクを後にするとき、松原さんが気付いたようにぱっとパソコンのディスプレイから顔を上げて「じゃーね」と手を振った。軽い挨拶。その隣では、突然の異動で送別会をする暇もなかったと、とても気にしていた野波さんが「追って絶対に開催しますから!」と固く約束してくれた。才川くんのことを抜きにしたって、二課はなかなか楽しかったんだけどなぁ、と思いながら、私は三課へと向かう。