溺愛御曹司の罠  〜これがハニートラップというやつですか?〜
「なんでもない。
 なんでもないから」
と周りに言い訳をした昌磨に、ちょっとこっち来い、と言われる。

 廊下の端まで引きずっていかれた花音は眩しい窓からの日差しに目を瞬きながら手を打った。

 確認するように言う。

「『情熱の貴公子』!」

「……やめろ、そのフレーズ」

「課長、私がイタリアに居たとき、有名だった天才ピアニストにそっくりです」

「俺だ」

「どうしたんですか、すっかり大人になられて」

「……お忘れのようだが、お前も大人になってるぞ」
と言われたが、テレビやなにかで見た有名人は、頭の中で時が止まったままだ。

 急に大人になって現れられると、すごい違和感を感じる。

「自分が年をとるのはわからないもんですが、人と比べると確かにわかりますね〜」

「やめろ。
 近所のおばちゃんみたいなことを言うのは」

「いやー、同じ日本人ですから。
 うちの親とか、面識もないのに、近所のおばちゃんくらいの勢いで応援してましたよ。

 私、ずっとこの子を見守って来ました、みたいな感じで。

 課長、めちゃ可愛かったですしねー」

 イタリア在住の日本人の子供が大きなコンクールで優勝して、話題になった。

 顔が可愛かったのと、冷静そうなその表情とは対照的に情熱的な演奏で話題になり、『情熱の貴公子』と呼ばれていた。

 が、ある日突然、彼は姿を消したのだ。

 その後、どのコンクールにも情熱の貴公子が現れることはなかった。
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