主任は私を逃がさない

 喜色満面な史郎くんの表情が、急激に絶望に染まる。

 私はそんな彼に向かって、精いっぱい自分の思いを正直に伝えた。


「誤解しないで。今はまだ結婚しないって意味だから。だって私はまだ子どもなの。結婚には早いと思う」

「もう二十歳だろ? 早くなんかない。ご両親だって一刻も早い俺達の結婚を望んでいるはずだ」

「だからよ。だから私は自分で決めたいの」


 私はまだ何も知らない。

 庇護という名の檻から一歩出たばかりの、まだ周りの匂いをクンクン嗅ぎ回っているだけのヒヨっこだ。

 だから学びたい。

 これからあちこちにぶつかって、転んで、ケガをして、痛みとはどういうものなのかを身に沁みたい。

 悔し涙を流したり、嬉し涙を流したり、もどかしさに身悶えしたりしながら前に進んで行きたいの。

 そしたら私、いつか変わってしまうかもしれない。物の見方や考え方が、今とは違った自分になってしまうかも。


「そうなった私を史郎くんが好きでいてくれるかどうかわからない。だからまだ早いの」

「陽菜、俺は……」

「その時になって、両親や史郎くんを恨みたくない。『あの時強引に結婚させられたせいで』って、人に責任を押し付けたくないの」


 自分の意思に責任を持てるようになるために、もう少し時間が必要なの。

 今の私ではまだきっと、それができないから。

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