主任は私を逃がさない

「いただきます」

 食事前の挨拶をしながら私は和食のマナーを思い出していた。

 ええと、確か和食は一番最初に汁物をひと口、いただくのよね。


 まずはお椀を両手で持って、それから右手を離して箸を持ち上げて。

 お椀を持った手の薬指と小指の間に箸を挟めて安定させて、右手を右方向に沿わせて移動する。

 そして正しく箸を持ったら左手から箸を離して、汁を一回だけ掻き回して、飲む。

 だったよね?


 友恵と一緒に練習した手順を忠実に再現して、緊張しながらコクンとお味噌汁を飲み込んだ。

 そして……目を丸くした。


「これ、美味しい」


 大豆を発酵させた味噌独特の風味が、汁の中にしっかりと生きている。

 具の豆腐もすごい。絹ごしなのに、こんなに豆の風味が濃く残ってるなんて。

 しかも大豆同士ケンカしないで協調し合ってる。うわ、ほんとに美味しい。


 温かいご飯の強い甘みと粘り気が、またお味噌汁によく合うこと。

 白身魚は身が厚くホコホコしていて、噛むたびに魚特有の優しい旨味と、焼けた香ばしさが口いっぱいに広がる。

 キュウリとワカメの酢の物は、サッパリした酸味とそれを受ける甘みのバランスが絶妙。

 白ごまの香味も立派に貢献している。

 お漬物の塩加減も漬け加減もバッチリ好み。このパリパリした歯ごたえがもう、快感。

< 54 / 142 >

この作品をシェア

pagetop