グリッタリング・グリーン
「左手、使っても大丈夫なんですか」
「まだ、このあたりがうまく動かないんだけどね、まあ気長にいこうって、先生が」
左手の親指と人差し指、中指をかすかに動かして、葉さんがけろりと言う。
一時的な麻痺が出ているけれど、リハビリを続ければ、ある程度は回復するとの話らしい。
「お仕事は、影響なさそうですか」
「うん、俺別に細密系でもないし、ただ車が運転できないことにさっき気がついてさ、こりゃ不便だなって」
「さっき?」
「そう、ここ来るのに車使おうと思って、乗ったらね、ハンドル握るのに滑るし痛いし、結局出せなくて」
乗る前に気づきましょうよ。
葉さんはさして気にするふうでもなく、サポーターから出た手を見ながら、スプーンをくわえている。
「オートマならどうにかなったかもしれないけど、やっぱりね、無理しても、危ないし」
「そうですよ、しばらくやめてください」
「俺はいいとして、周りが危ないよね、ジム・アボットみたいなことできないかなって思ったんだけどなー」
「…どなたですか」
知らないの! と隻腕のメジャーリーガーの話に夢中になってしまった葉さんを見ていたら、なんだか猛烈に安心した。
葉さんは、やっぱり葉さんだ。
クリエイターにとって、身体の一部の感覚がなくなるなんて、どれほどの喪失だろうと、考えるだけで怖かったんだけど。
葉さんは結局、自分の発想で、自分の作品だって言えるものを生み出せる限り、細かいことは、いいんだ。
その代わり、それが脅かされそうになった時には、あんなふうに、全身で拒絶するんだ。
激しい人。
あのあと、宣言どおり一時間で引き継ぎを終えた瞬間、葉さんは加塚部長の腕の中に倒れこんだ。
薬で抑えてはいたものの、尋常でない痛みと闘っていたはずで、緊張の糸が切れたと同時に、意識を失ってしまったのだ。
『ちょうどいいじゃん、そのまま手術しちまえば』
『さすがにそれは無理だろ』
本人の同意もなしに、と部長が苦笑する。
力の抜けた身体を抱きあげて、頼むぜ、と微笑む部長に。
誰に言ってんだよ、と慧さんが鼻を鳴らした。