グリッタリング・グリーン

「左手、使っても大丈夫なんですか」

「まだ、このあたりがうまく動かないんだけどね、まあ気長にいこうって、先生が」



左手の親指と人差し指、中指をかすかに動かして、葉さんがけろりと言う。

一時的な麻痺が出ているけれど、リハビリを続ければ、ある程度は回復するとの話らしい。



「お仕事は、影響なさそうですか」

「うん、俺別に細密系でもないし、ただ車が運転できないことにさっき気がついてさ、こりゃ不便だなって」

「さっき?」

「そう、ここ来るのに車使おうと思って、乗ったらね、ハンドル握るのに滑るし痛いし、結局出せなくて」



乗る前に気づきましょうよ。

葉さんはさして気にするふうでもなく、サポーターから出た手を見ながら、スプーンをくわえている。



「オートマならどうにかなったかもしれないけど、やっぱりね、無理しても、危ないし」

「そうですよ、しばらくやめてください」

「俺はいいとして、周りが危ないよね、ジム・アボットみたいなことできないかなって思ったんだけどなー」

「…どなたですか」



知らないの! と隻腕のメジャーリーガーの話に夢中になってしまった葉さんを見ていたら、なんだか猛烈に安心した。

葉さんは、やっぱり葉さんだ。


クリエイターにとって、身体の一部の感覚がなくなるなんて、どれほどの喪失だろうと、考えるだけで怖かったんだけど。

葉さんは結局、自分の発想で、自分の作品だって言えるものを生み出せる限り、細かいことは、いいんだ。


その代わり、それが脅かされそうになった時には、あんなふうに、全身で拒絶するんだ。

激しい人。


あのあと、宣言どおり一時間で引き継ぎを終えた瞬間、葉さんは加塚部長の腕の中に倒れこんだ。

薬で抑えてはいたものの、尋常でない痛みと闘っていたはずで、緊張の糸が切れたと同時に、意識を失ってしまったのだ。



『ちょうどいいじゃん、そのまま手術しちまえば』

『さすがにそれは無理だろ』



本人の同意もなしに、と部長が苦笑する。

力の抜けた身体を抱きあげて、頼むぜ、と微笑む部長に。

誰に言ってんだよ、と慧さんが鼻を鳴らした。

< 165 / 227 >

この作品をシェア

pagetop