グリッタリング・グリーン
「撮影は、順調でしたか」
「最低限のテイクで終わったよ、やっぱりあの監督、すごいね、生方も来ればよかったのに」
「さすがに本番は、邪魔にしかならないですし」
「じゃあ期待してて、オフライン見たけど、いいよ」
「葉さんは編集には立ち会わないんですか」
「今回、俺の側は単なる素材だからね、どう料理してもらっても、口出すところじゃない」
満足そうに葉さんが笑う。
そんな順調に進んだってことは、つまり慧さんのハンティングでの調整が完璧だったってことだ。
さすがだ、と感動した。
どんな優れたクリエイターだって、いきなりディレクションを代われなんて言われてできるものじゃない。
むしろ名のある人ほど、侮辱と受けとるか失敗を恐れるかして断るだろう。
事情が事情だったとはいえ、それを受けて、かつ成功させてしまった世界的なクリエイター聖木慧の名前は、だてじゃない。
ね、葉さんもきっと、そう思ってますよね。
「そろそろ帰るね、体調悪いとこ押しかけてごめん」
「いえ、わざわざいらしてくださって、ありがとうございました」
器用に食器まで洗ってくれた葉さんは、何気なく左腕を見て、そこに時計がないことに気づいたらしく、携帯を取り出す。
次の予定があるのか、来た時とは別の路線の駅への行き方を訊いてきた。
「なるほど、便利だね、このへん」
「学生さんが多いので、卒業入学シーズンは、寝られませんよ」
下の道路で、深夜に胴上げが始まったりするのだ。
玄関に座った葉さんは靴に足を入れながら、何それまざりたい、とひとしきり笑う。
「会えてよかったよ、このあとまた、リハビリだなんだでバタバタしそうでさ」
「私も、お会いできて嬉しかったです」
そう言った私を、葉さんが不思議にじっと見あげてきた。
なんだろ、と居心地悪くなった時、あっと思い出し、立ちあがった背中のボディバッグをつかんで引きとめる。
「葉さん、あの、ちょっといいですか」
「うん?」
「あの、遅ればせながら、お返事をですね」