グリッタリング・グリーン
「今からとりに伺います、すぐ出ますから」
『お待ちしています』
また戻ってくるつもりで、ホワイトボードに行き先と戻り時刻を書いていたら、それを見ていた部長が口を開いた。
「直帰していいよ、生方」
「でも、まだ戻ってくる時間、ありますし…」
「葉のフライト、確か今夜だったよねえ」
書類を見ながら、世間話みたいな調子で話しかけてくる。
意図が読めずに、私は戸惑った。
「何時出発だっけ」
「0時すぎ、です」
間違いない。
明日行っちゃう、今日行っちゃうと、葉さんが事務的なメールと共に送ってきたフライトプランを、毎日確認して過ごしてた。
部長が腕時計を見る。
「あいつは慣れてるから、まあ搭乗の1時間半前くらいに、空港に入ると思うんだよね」
「はあ」
「今から印刷所行って、校正受けとって、空港行きの急行に乗れば、ちょうど間に合う頃だ」
何にですか。
部長は、もう行っていいよとばかりに自分の仕事に戻ってしまった。
私はホワイトボード用のマーカーを握ったまま、時計と部長を意味もなく見比べて。
どうしよう、と途方に暮れた気持ちで考えて。
決心が固まりきらないまま、予感に突き動かされて、ボードに“直帰”と書いた。
戻ってこなくてもいいように、デスクとPCの始末をする私を、未希さんがにやにやと眺めている。
どうせ顔が赤いのはわかっていたので、そっちを見ないように、荷物をまとめてフロアを飛び出した。
胸の中には、もやもやした予感がうずまいていた。
私はきっと、部長の言ったとおりにする。
そんな、面白くない予感が。