七色の空
チャプター67
「サメに喰われたあの娘」〜つづき

海面に福生の身体がうつ伏せに浮かんでいる。林檎は両手で福生を抱き抱えると、陸まで運び、呼び掛ける。福生に意識はない。かなり強く頭部を岩にぶつけているようで、流血がひどい。
林檎は福生をおぶり、走る。あっという間に道まで出るが、車は走っていない。林檎は走った、走る、走る、走る。考えられる限り最大限の力を尽して。
走れ林檎!
林檎の衣服はみるみる内に福生の流血で染まってゆく。林檎の走った後には流血の道標ができる。またこの道を二人一緒に歩いて辿る為、引きチギレそうな肉体を、何度も何度も林檎は走らせる。
こんな時、重傷を負ったケガ人にとって、一番安全な状況とは、確かな医者が、すぐ近くにいることではない。
最も頼りになるのは、神の手を持つと称される天才的な外科医ではない。
この時、福生にとって最も安全なのは、林檎が側にいることだった。今、現にその女性が福生をおぶって走っている。
過不足のないキャスティングだ。
「リングほど安全な場所はない。何万という観客に見守られ、レフリーが監視している。そこで恐怖を感じるなら、格闘家としてリングにあがる資格などない」
話は変わるが、ブラックマンバとの2度目の対戦で積極的なパフォーマンスを披露出来なかった、所 英男に前田 日明が言った言葉である。
正論であり、核心をついている。
福生は最も安全な背中におぶられている。これ程までに恵まれた条件はない、福生に心配などなかった。 林檎が家につく頃には、福生の松葉杖は波にさらわれ完全に姿を消していた。
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