おいしい時間 しあわせのカタチ
口元をほころばせる佐希子を見て、ふたりも改めて乾杯すると、勢いよく酒を干した。
「この漬物はまた大上さんが?」
「はい。あ、でもこれは俺が作ったやつで」
「あらぁ、若いのに糠床を? すてきな趣味ねぇ。――まぁ、おいしい」
「ガキの頃、母親が家を出て行くときに置いていったものを注ぎ足し注ぎ足しで」
「――そう。えらいのね」
前回、思いもよらぬ誤算から材料を買い足しに行った帰り道。
大上さんが根岸くんにと渡したタッパーの奥、ぼんやり見えた伝票の、送り主の女性の苗字がちがっているのに気づいたときから、薄々はわかっていたことだった。
「えらい、すかね。ただ、好きなだけですけど」
大上さんは照れくさそうに髪に触れる。
「好きでもなかなか糠漬けは続けられないものですよ。手入れは大変だし、臭いもあるし、美味く漬けられるようになる前に挫折してしまう人も多いもの」
かくゆう佐希子もそのひとりだ。
糠漬けに然り、お客からもらったカスピ海ヨーグルトの種もさんざん駄目にしたから、その手の維持管理が必要な食材にはうかつに手を出さないようにしようと決めている。
「食べられるように漬けるだけも大変なのに、離れて暮らすお母さんの味を守っているんでしょう? じゅうぶん立派なことですよ。ねぇ根岸くん」
「ほんとだぞ。俺、またこの漬物が食える日が来るなんて思ってなかったぞ。高校んときに食わせてもらったのは食うたびに味がちがってたもんな」