おいしい時間 しあわせのカタチ
「いまいちコツがわからなくてな。でもようやくここまで来れた」
「また、近いうちに顔見せに行ってやんないとな」
「そうだな。そろそろまた弟の顔も見たいし。タイミングが合わなくて、なんだかんだで小学校上がってからあんまり会ってないんだよ」
それほど年が離れているのなら、おそらくは母親の再婚相手との子供だろう。
弟に会いたいと話す大上さんの目に、母親を恨んだり非難する気持ちは微塵も見受けられない。
もっともそれは母親が置いていった糠床を堅固に守り続けている姿勢からも十分にうかがい知れるものだ。
佐希子は、漠然と感じていた大上さんの胸にある埋められない風穴を、この瞬間、より確かなものとして認識した。
「ねぇ、もう一杯もらってもいいかしら。それを飲んだら、向こうに戻ります」
「喜んで」
大上さんは快く瓶を傾けた。
「ところで――不躾かもしれませんけど、佐希子さん、ご結婚は?」
「いいえ、独身です」
「しようとは思わないんですか? 考えたこととか?」
佐希子は大上さん特製の糠漬けをもう一度よくためつすがめつしながら、
「ないかなぁ」
「子供を産みたいとかも?」
「それはね、ときどき考える。お客さんに孫が生まれたとか言われて、慣れないスマホを駆使して見せられる写真なんか見るとね。でもわたしには自信がないもの」
「そうでしょうか」