おいしい時間 しあわせのカタチ


「お店のことはもちろん、女将として立場的な問題もあるし、それにやっぱり自分には向いてないって思う。こんな席で話すことでもないけど、こう見えていろいろ複雑な家庭で育ってきたから」


 そう言って意味もなく目線を下に向ければ、ふたりともはっとしたようにあごを引き、とくに根岸くんははじめて聞く女将の身の上話をどう受けとめればよいかわからぬ様子で、わかりやすく狼狽した。

 思えば、先代がいなくなってからうちに来た根岸くんは、佐希子の生い立ちやどういう経緯で枡屋の女将になったのかを知らないはずだ。

 なにぶん口の堅い板前ふたりのことだから、余計な詮索には耳を貸したりもしていないのだろう。


「でも、それならなおさら自分の家族が欲しいと思いませんか?」


 それでも大上さんは問いかけをやめない。

 むしろ、奇しくも自分と境遇が似ていると知ってか、すこしだけ目の色が変わった気がする。

 佐希子を取り込み、自身の考えを正当化しようと自己暗示をかけているのがわかるほど、大上さんの心の迷いが浮き彫りになるようだった。


「――家族は、無理に作るものじゃないでしょう?」

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