奪うなら心を全部受け止めて
「さあ、ここに座って」
おいで…、この言葉に体は引き寄せられていた。
知っているから。
この言葉と共にあるものは、能さんの優しさだって。
「ごめんね、佳織ちゃん。暫く忙しくて、中途半端に連絡したくなかったんだ。
優朔も俺なんかとは比べものにならないくらい、ずっと忙しいんだ…倒れそうなくらい。
でも、心配は要らない、元気だ。…大丈夫だからね」
いつもと変わらない。
背中を撫でてくれて、ゆっくり優しくトントンしてくれる。
「会えなくて、今は寂しいかも知れない。不安もあるだろう。
だけど、自分で自分の心に負けてはダメだよ?佳織ちゃんの心に今過ぎっているモノは、きっと優朔の望まないモノだろ?
強くなって、佳織ちゃん。毅然として。
勝ち負けとかじゃない。ただ、今は会えないだけなんだから。何も変わらず、優朔を信じてやってくれないかな」
待つ事の強制は出来ない。精神的に無理になってしまったとか、それでこの関係性を解消したいと思うなら、それも一つの選択。
奥様に赤ちゃんが出来た事。優朔の子供じゃなくても、優朔の子供。
妊娠した体を気遣う、夫としての優朔。するなと言っても想像は次から次へとしてしまうだろう。どうしてるの?なぜ来てくれないの?なんて、問い質す子ではない。
佳織ちゃんに子供はいない。妊娠も勿論していない。
…優朔の子供という響き。
奥様の妊娠を知って、はたと思った事だろう。
……私は?私だって優朔の子供が欲しい。そう頭を掠めたに違いない。
二人で一緒に過ごす時間は、何にも変えがたい満たされたモノだった。
離れていた時間を埋める事でもあった。
二十歳からの五年…。信じて待つだけの実体がなく流れた時間。
どれ程優朔の帰りを待ち侘びた事か。
二人に取って二人で居る事、それだけで良かったんだ。
…赤ちゃんという存在に気が付くまでは。
何事もなく、もう少し時間が経った頃、そろそろ二人の間に自然に浮かび上がった話だったかも知れない。
それが、…突然、突き付けられた現実。
まだ意識してなかったモノなのに。