奪うなら心を全部受け止めて

「…うん。Bar」

「はぁ…じゃあ店の従業員…か。そうだよな?
…なんで…飲めもしないのに、Barなんかに行ったりして…いや、行くことが悪いと言ってるんじゃないんだ…」

飲める飲めないじゃないか…。虚しくてやる瀬ないから、行きたくなったんだよな…。

「…あのね。正確には従業員じゃなくて…マスターなんだけど…」

訂正する声がドンドン小さくなる。従業員とかマスターとかは問題ではない。
…優朔にとってそれはどうでもいい事だろう。どっちでもいいことだ。それは解っていた。

「Barは、Crash love…って言ってね。
…なんだか気持ちが晴れなくてしんどくて…その名前を見た時、フラッと立ち寄ってしまったの。
そうよね…、飲めもしないのに、Barに入るなんて。…何だか惹かれたの、Crash loveに。
それから2度3度、立ち寄ったの。
初めての日に…そんな事した訳じゃないの…。
しんどい気持ち…いつまで経っても解決することじゃない、だから、どこかで長く引きずっていたんだと思う。誤魔化して笑ったりしてたから…。
マスターは私より年下なんだけど、話してると楽しい人で…」

「もう、いい。…もう話すな。…聞きたくない。
そんな相手の……ぁ、……別に人物像に興味はない。知りたくない。そんななんて言って……すまない」

男の事など知りたくはない。どうでもいい。詳しく知っても何も変わりはしない。一度きりだと言うなら、いっそ、ホストの方が良かったくらいだ。だけど、そんな店にだって佳織は行った経験もないだろう。
ふぅ…感情が抑えられなくなってしまいそうだ。…落ち着け。元はと言えば俺なんだ。俺のせいなんだ。

「あ…、ごめんなさい…」

私ったら馬鹿…。説明のつもりで、触れてはいけない事まで詳しく話そうとしてた。
謝っている立場なのに、なんて…、空気の読めない事をしていたんだろう。

…くそぉ。

「今もまだその店に行ってるのか…」

胸に抱き込まれた。

「ごめんなさい…」

もしかして…、心は惹かれ始めているのか?
会えないでいる時間とか、増幅する虚しさ、…寂しくさせてるから……そこに行けば楽しいのか、そうだよな、そういうことだ。
……確認したくない。聞いた事で意識させたくない。

「行くな。…二度と行くな。……そう言いたい。
…だけど、はぁ…。ずるいな」

ずるいよ、…佳織。言えないと解ってるだろ。

「楽しいと聞くと、佳織に行くなとは言えなくなる。楽しい時間を取り上げる権利はない。…佳織の時間だ。
だけど、その男に会って楽しくしていると思うと、…腸が煮え繰り返る。
行っていいとは言わない。佳織は大人だ。…信じている。
だけど行くのも程々にな?酔い潰れるような飲み方はするなよ?
…頼むから、無防備な事はしないでくれよな?
女なんだから…はぁ…頼む」

甘いと思う。普通の夫婦関係ならこんな事は言わない。普通の夫婦関係をとれなかったから、起きた事。

日常の寂しさは、出来るなら感じて欲しくない。
楽しいなら楽しい事をして欲しい。だが何をしてもいいって訳ではない。
大丈夫だ。信じている。
もう、こんな事は二度とないって。
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