奪うなら心を全部受け止めて

・千景 卒業式

「佳織…、なんでそんなに泣いてる…」

髪を撫でる。

「…もう、…会えなくなるから」

佳織の顔に両手を添え、こぼれ落ちる涙を親指でそっと拭った。

はぁ、馬鹿…。そんな事言うなよ。本当にお前は純粋だな。純粋過ぎる。罪だぞ、解ってるか?…苦しいじゃないか。
…馬鹿。…苦しい。そんな顔して泣くな。どんな気持ちで泣いてる…俺にそんな泣き顔を見せるな。

「…泣くな。会おうと思えばいつでも会える。
俺は携帯の番号もアドレスも変えない。ずっと変えたりしない。
近くに居なくても、…どこに居ても、俺は居る。佳織の側にずっと居るから。
辛くて、どうしようもなくて、…先輩に話せなかったら連絡して来いよ。必ずだ。
大丈夫だって…我慢するなよ?
いつだってずっと佳織の心の中に俺は居る。
そう思っててくれ」

コクンと頷いた。
はぁ、こうやって頷くけど、実際、我慢ばっかりするからな。

「私も…携帯の番号も、アドレスも変えない」

あー、…くそぉ。
……静かだ。教室にはもう誰も居ない。
…帰る気になれなかった。

佳織を抱きしめた。ギュッと強く抱きしめた。
抱きしめたまま首を傾げ下から唇を奪った。
腕を解いて両手で顔を包み込んだ。
佳織の目を見た。額をくっつけた。
首に力が入った。動揺か…拒否か…佳織は目を合わせず、俯こうとする。
俺だって顔は見られたくない。

「佳織、好きだ…目茶苦茶好きだ。…好き…だ」

抱きしめた。どうしようもなくて、これ以上どうしようもなくて、きつくきつく抱きしめた。
好きだ。好きなんだ、…佳織。何度でも俺の気持ちで呼びたい。佳織、…佳織。
もう名前も呼べない。手も繋げない。
嘘だと誤魔化しながら、好きだと言うことも、抱きしめる事も出来ない。
アイスを食べる事も、映画を見る事も、海だって行けない。全部終わった。
こうして頭を撫でる事も…唇に触れる事も…。

「千景さん…」

はっ…。佳織の声に心は呼び戻された。
動揺してはいけない。誤魔化せ…やり通せ…カムフラージュだ。カムフラージュなんだ。ふぅ…。

「…今日は俺の卒業式だろ?つき合ってる恋人の別れだもんな。このくらいはしないとな。
ごめんな、佳織。
いつもの事だけど…やり過ぎた。これは…カムフラージュだ。…ごめん」

「…大丈夫。大丈夫です。大丈夫」


これが本当に最後…だ。
気持ちも…卒業しないといけない、よな。
カムフラージュだけど…本気の…嘘のカムフラージュだ。

「ん、帰ろうか、送るよ。もう涙、大丈夫になったか?」

「…はい。大丈夫、大丈夫です」

出した俺の右手に、当たり前のように指が絡んでくる。もうずっと恋人繋ぎのままだ。
これが二人にとっての自然の行為だ。
自然のカムフラージュだ。
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