奪うなら心を全部受け止めて
「識子のしている事に干渉はしていない。
だけど夫婦を粧うというのは、嫌なエネルギーをお互いに使っているんだよな。
いくら無感情で居ようとしても、そうしようとする事が負担になる。…最低な感情だな」
「でも、優朔…。お前は全くの無感情にはなってない筈だ。心のどこかで奥様の事、大事にしようとしてる。それがそういう意味での負担、だ。俺にはそう見えるんだが…違うかな」
佳織ちゃんに向くはずのもの、少しでも薄れてしまうじゃないか。そして、やはり、夫婦関係が無感情ではないからストレスが溜まる。
「俺の何を…。そう思う理由は何だ?」
「…いつも、…帰るらしいじゃないか」
「何?」
「…一緒に居る時、連絡が来たら…帰るらしいじゃないか、…佳織ちゃんを置いて」
「聞いたのか、佳織に。…その事は、佳織にはすまないと思ってる。だけど佳織は」
「優朔…。どこか負い目を感じているんじゃないのか?自分は愛する人、佳織ちゃんが居るのに、奥様には愛してくれる人が居ない。
自分だけそんな人が居る。夫婦が同じ状況ではない。そこにだ。
心のどこかで、俺だけがと、奥様にすまないと思っているんだ。
佳織ちゃんは当たり前のように我慢してるさ。自分の立場があるから。特には言わない。聞いても大丈夫、平気だと答えるだろう。優朔には家庭があるから。解ってるから。…愛していても、お互いが好きでも、スタンスは妻ではない、“愛人”だ。…自分の立場を弁えている。
奥様だって、帰って来てと優朔に連絡をしている自分の行動も、帰って来る努力をしている優朔の感情も、解らない人ではないと思う。大人だからな。
全て理解しているからこそ、虚しいんだと思う。虚しいからしてしまう。
仕方ないんだ。
優朔は今から益々男盛りだ。…奥様は奥様で、今、女性として女盛りなんだ。下品な意味ではない。魅力的だという事でだ。
…女性として放っておかれたくないだろ。
この結婚は、奥様だって覚悟して自分で選んだ道だ。
余計な話になった。とにかく早い方がいい。
空いている日にそれとなく会う日だと粧うから。お前は何も知らなかった事に、…そうしておけ。
これは秘書の仕事だ。秘書が勝手にする事だ。
夫婦…夫が妻の、妻が夫の愛人には、関わってはいけない決まりだからな。
事が終わったら、念のため、鍵を換えるよ。
…あと、手帳の中身も見られてる、多分な。
気をつけようがないか、なんせ…夫婦だからな。
話が長くなりました。社長、そろそろ相手先の会社に到着します。ご準備を」
「ああ。…俺は。社長なんていっても自分で何一つ出来ない、動けない。俺は情けなくて、つまらない男だ…」
「常に冷静な判断、大人の対応を求められる立場です、社長。
情けない訳じゃない、つまらない男なんかじゃないさ。
…確認は俺がするから、堪えてくれ。
追って報告します」