たった一つの隠し事
やがて彼がふっと息を吐き出し、自嘲気味に笑う気配を滲ませた。
「こんな事をしても、お前の心は手に入らないって分かってるがな。これは、俺の置き土産だ」
「置き土産? ねえ、また何処かに行ってしまうの?」
「お前の傍は離れないよ。これからもお前の頑張りを傍で見ててやる。でももう二度と、俺はこの姿で理子の前には現れない」
「待って!」
身を起こした彼を追うように、私は縋り付いた。
離れた温もりを恋しがる幼子のように。
眉尻を下げる頼りない表情で見上げる私を、彼は和らいだ笑みで見下ろして。
「お前の全てを知っているつもりだったが、…お前の本当の心だけは、奪えなかったな」
少しだけ寂しげに告げると、彼は眼差しを上げて遠くを見遣った。
彼の視線の先を追って、私もそちらを見遣る。
「さあ、素直になる時間だ、理子。俺の知らない本心を、吐き出せ」
何の事だろう。怪訝に小首を傾げた時、オフィスの入り口から大きな音がした。