金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
じゃあね、と手を振って、いつもの通りりっちゃんは部活へ、私は図書室へと向かう。
部活のために高い位置で結んだりっちゃんの長いポニーテールが、少し名残を残してなびき、やがて完全に角を曲がって見えなくなった。
.....ふぅ。
胸に手を当てて、小さく一息はいた。
自然と頬が、熱く火照ってくる。
...今から...やっと、やっと、須藤くんに会えると思うと。
あの、緊張と期待とが混ざりあったドキドキは、胸の内に、ゆっくりと広がってくる。
喉の下の方が、ぎゅっと、甘酸っぱく震える。
私は浮き立つような足取りで、図書室への廊下を進んでいった。
梅雨明けも近いとはいえ空は所々厚い雲で覆われていて、しかしその雲の切れ間からは明るい日差しが辺りを照らし出している。
僅かに、爽やかな風が吹き込んできて、私の頬から熱を掠め取るように流れていった。
先週とはまた少し違う、さらさらと細く軽やかに抜けるような、気持ちのいい風。
惹かれるように、私は窓の外を見やって、目を細めた。
そして...思い出した先週の記憶に、再び頬を染める。
...先週は、色々と特別な、ビックリするくらい、近付けた1日だった...と思う。
今までじゃ有り得なかったような須藤くんの言動に、気が付いたら随分と大胆になっていた自分がいた。
思い返すだけでもう恥ずかしくて恥ずかしくて。
...けれども、やっぱり、幸せな思い出として心に刻まれている。
.....好きだなぁって。
何度も確かめては、瞳の裏の須藤くんを想った、一週間だった。
廊下をまっすぐに行った先に、見慣れた図書室のドアが見える。
私は逸る気持ちを抑えつつ、急ぎ足でそこを目指した。
ドアノブの温度を感じながら、ゆっくりと押し開けると...
「...いらっしゃい、琴子ちゃん。」
待っているのは、里見先生のあの笑顔。
「...こんにちは。」
なんとなく照れくさいような気がして、わたしは小さい声で返事をする。
ふふ、と笑って、里見先生は開いていたノート(大学のお勉強かな?)で口元を隠した。
やけにニヤニヤしてるな、とは思った。
三日月型の目で私を見て、本当に嬉しそうに。
つい、つられて私も笑顔になった。
里見先生はその笑顔のまま、言った。
「...琴子ちゃん、先週、あの子と一緒に帰ったでしょ?」
...バギュンッ
容赦のないショットが、急所どストライクを打ち抜いたようだった。
全く心の準備をする隙も無く、放たれた攻撃を、私はもろに食らう。
顔はすぐさまポポポポーと赤くなり、声にならない声で、批難を里美先生に向けた。
「...~ッ!~な、なんで知ってるんですか!」
すると、里見先生は更に目を細めて私に顔を近づけてきた。
「えーもう隠そうとしてもバレバレっていうかぁ
このカウンターに出てないからって、私が見てないとは限らないっていうかぁ
一応カマかけてみたら、琴子ちゃん嘘つけないから、確信得ちゃったっていうかぁ」
言いながら口元を手で隠してふふふーふふふーと左右に揺れる里見先生に、鼻から抜けたようなため息が漏れた。
...そう、前から薄々は気付いていたことだけど、里見先生は人の恋愛話を、からかうのが好き、みたいな所がある...。
まぁ、自分でも、ミーハーって言ってたしね...。
前に、なんでここまで私の相談に乗ってくれたのかって聞いたけど、結局、純粋に恋話を聞きたいってことみたいだしね...。
「...要は、先週一緒に帰るところ覗き見されちゃったんですね。」
私が言うと
「まぁ、ね!」
里見先生が顔の横でピースサインをつくった。
私は体が脱力していくのを感じた。
まったくこの人は本当に...。
しかし、だからこそ納得出来る気もする。
...はぁ...これからかうの、楽しみにしてたんだろうな里見先生...
...だから、あんなに笑ってたんだろうな...
って。
けれど不思議と、責める気にはなれなかった。
だって、悪気があるわけじゃ、バカにしてるわけじゃ、ないってことは、もう知っているから。
里見先生は、ちゃんと私の言うことを聞いてくれて、ちゃんと考えてくれて、そして教えてくれる人。
だからこんなに、憧れてるんだろうなって、思う。