ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました
「きゃあああぁ!」
マッハドードー並みの早上がり。
シルクのパジャマに着替え、廊下に出れば、ぎょっとしたようなサクスくんと鉢合わせた。
「ど、どど、どうしたんすか!ーーって、うわああぁ!ふ、不可抗力っすよ!つか、風呂覗いたとかじゃなくて、フィーさんの風呂上がり姿見ただけで絞殺って、怒りの沸点低すぎやしませ、え?感想?風呂上がりだからか柔らかそうな肌に色っぽさがありますねっーーぐえっ!」
サクスくんもサクスくんでパニックに陥っているが、それどころではない。その肩をがしりとつかみ、本題に入る。
「彼、ずっと見ていたのですか!?」
へ?と顔を呆けさせるサクスくんに続ける。呼吸を再開したことから、彼もまた私の言葉に疑問符を出し、首絞めをやめているところだろう。
「取り憑いているということは、四六時中一緒なんですよねっ。お風呂だけでなく、トイレとかも……っっ!」
恥ずかしさで私の首も締めてほしくなってきた。
「あの、憑いている言っても、クラビスさんは自分の意思でフィーさんから離れないだけの話なんで。……うわぁ、クラビスさんも動揺するんすね。すっごい弁解しています」
「うぅ、生前からどこにいたって覗けます発言されたけど、こんなのって」
「『誤解しないでくれ。さすがの俺でも、トイレだなんて、そこまで覗いたりはしない』と、安心していいみたいっすよ。さすがのさすがに、それはないって、本人めちゃくちゃ焦っているっす」
サクスくんの通訳に、ようやっと恥で上がった体温が冷めてきた。ローズマリーのお風呂以上に熱くなる効能を持っている。
「『お風呂だって、毎日覗くわけがないだろう』っす」
「そ、そうですか。良かっ」
「『三日に一度程度だよ』っす」
「常習化している!?」
「『第一、覗きだなんて。こいつみたいに、君の体目当ての輩を迅速的に処理するため、もっとも対処しやすい、君と同じ場所にいるわけであって、その上で、君が最初に洗うのは左腕からという情報を知っても不自然でなく、三日に一度の周期で湯気に殺意を覚えるから密着するほどの距離で君を警護していることには、何の下心もない』ーーって、クラビスさん。それは世間一般的には気持ち悪いの部類に」
また、ぐえっ!となるサクスくんだった。
「もう、覗かないで下さいっ。鼻歌とか聞かれた暁には、恥ずかしさで死ねます」
「『じゃあ、耳を塞いでおけば万事解決』って、は!?」
「あ、それなら解決ですね」
「いいんすか!?」
そもそも考えれば、生前から私のプライバシーは彼の前であってないようなものだ。彼に内緒で何かしようにも、彼が作成したフィーナの生活サイクル手帳には、事細かに私の一日が書かれてあったし、トイレさえ覗いてなければ良しとしよう。
「二人ともども変わっているんすねぇ」
ついていけないと嘆息混じりに、タオルを頭に被せられた。きちんと髪拭いて下さいとのこと。
慌てて出たから、きちんと拭いていなかったと頭をごしゃごしゃする。これをやれば、彼からよく、「フィーナの絹糸のような毛髪が死滅する勢いだから、丁寧に拭こう俺が拭こう」となったのだけど。
「見ないっすよ、見ないですから。いや、ここに来たのだって、先輩が『悪に悪を与えてやるのは愚の骨頂だ!』とかで、フィーさんの好き嫌いを聞きにきただけで、やましい気持ちなんかありませんって。だから絞殺だけは」
私に触れてくれること叶わず、彼は変わらずサクスくんの首を狙っているらしい。
「サクスくんのーー誰かの首に“触れる”なら、私は」
「スカスカっすね。現在進行形で試そうと、フィーさんに飛びついてますが、通り過ぎてます。しかも、勢い余って壁抜けているし」
「どうして、ダメなのでしょうか」
「普通なら、物に触れることすらも出来ないんすけど。よほどの殺意なんでしょうねぇ」
「もはや私の視界に映る男全てに向けられるような殺意なのですが……」
「幽霊なっても、自由自在な人初めて見ましたよ。大概、ふよふよ浮いているだけで、特に何もしない空気みたいな連中なのに」
言いながら、サクスくんの口が閉じられる。しまったと口走りそうな雰囲気だ。