あなたと恋の始め方②【シリーズ全完結】
 フランス留学の話は元々私にと言われていたことだった。だから、中垣先輩から私に話が戻っても何の不都合もなく、私がフランスに行くことに決まってしまった。


「この袋の中にフランス留学に必要な書類一式が入っています。内容を確認して、必要書類は早々に総務部に提出してください。それと、引っ越し関係の日時については決まり次第連絡をお願いします」


 所長から渡された書類の入った袋を持って所長室を出ると、自分の研究室に戻った。研究室に入った瞬間、中垣先輩の視線を感じ、その視線は手元の袋に注がれる。


「本当に馬鹿だな」


 私はその言葉には何も言えなかった。その言葉の音に少しの先輩の思いを感じ取れたから。その言葉には先輩の苦しい気持ちが込められている。


「でも、ありがとう。俺もこっちで頑張って成果を上げるから、坂上も頑張ってこい」

「はい」


 そして、私と中垣先輩は研究に戻る。高見主任の課した目標はいい。フランス留学まで残された時間を追い立てられるように研究をするのはいい。ただ、自分の目の前にある研究に没頭した。


「そろそろじゃないか?」


 そんな声を聞いたのは窓の外は既に真っ暗で時計の針も十時を指している。自分でも定時を過ぎたくらいまでは記憶があるけど、その後は研究に没頭しすぎて時間だけが過ぎた感じだった。中垣先輩も疲れたのか、目の下に薄らと隈が出来ている。疲れは見て取れるから、多分、先輩も私と同じように研究に没頭するあまり時間を忘れていたのだろう。

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