あなたと恋の始め方②【シリーズ全完結】
『仕事が今、終わりました』


 研究所を出てすぐに私は小林さんにメールをした。残業だと聞いていたから返信はないと思っていたら、すぐに私の携帯は震える。画面には小林さんの名前があって、


『俺はまだしばらく掛かりそう。12時を過ぎるならその前に連絡する』


 小林さんも本当に忙しいのだろう。大変だと思うのにすぐに返事をくれる。簡潔な用件だけのメールだけど、そのメールを忙しい合間に私にくれたのだから、私は幸せだと思う。


『待ってます』


 小林さんに私も要件だけのメールをして、駅までの道を歩き出した。今朝は私の人生の中で最高瞬間速度を体験した分、帰りは少しゆっくり。自分のペースで帰るつもりだった。


 フランス留学の準備もしないといけない。引っ越しの準備もしないといけない。やることは考えれば一杯あるのに、つい研究室にいると忘れてしまう。本当に忘れてしまう。中垣先輩に言われて研究室を出なかったらきっと私は今日も一日研究室で終わったかもしれない。


 自分のマンションの部屋に入ると、今朝、小林さんと一緒に出掛けたままの状態でなんとなく気恥ずかしさを感じながら私は靴を脱いだ。リビングの所に朝、使ったままのタオルが置いてあったり、キッチンのシンクには小林さんの使ったマグカップがあったりと、ついドキッとしてしまう。


 付き合い初めて間もないのに結婚の約束をしていて…。


 あの時、本社営業一課に転属してから私の人生はこんなにも変わってしまった。でも、とっても幸せな変化だと思う。
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