専務と心中!
「稲毛……。もしや、あなたは……」

社長には心当たりがあるらしいけど、稲毛さんに顔をしかめられて、黙ってしまった。

「それから、俺の論文を集めた本を自費出版します。来年度から私大で統計学の講師として採用してもらえることになったんだ。名刺代わりに配るなら、抜き刷りより本のほうがイイと言われてな。」

統さんは、ニコニコしてそう言った。

本当に、大学の講師になるんだ……。

「すごいね。おめでとう。びっくりした。」

そう言ったら、統さんはうれしそうにうなずいた。

「いやいや。にほちゃんのくれたニュースのほうがずっとすごいよ。ありがとうな。」

私たちがイチャイチャとは言わないけど、2人で喜び合ってる横で、社長がホームレスのおじさんに小声で話しかけていた。
2人の声は小さくて、よく聞こえなかったけど、社長がおじさんのことを知っていたらしいことは伝わってきた。



「ね?稲毛さんて、何者?」
その夜のピロートークで、統さんにそう聞いてみた。

「さあ?ただのホームレスじゃないことは確かだよ。話してみたら、競輪や投資にやたら詳しかったから、仲良くなったんだ。ホントにいろんな事を教えてもらったよ。」

この期に及んで、統さんは、まだそんなことしか言わなかった

「うん。そうじゃなくて。……稲毛さんの正体は?」

重ねて問うと、統さんはめんどくさそうに言った。

「それでいいんだよ。あんな立派なヒトがわざわざ敢えてホームレス生活してんだから。余計な詮索すると、おじさん、逃げてしまうぞ。何も聞かない、何も知らない。ただ、おじさんを信じて全てを託す……それでいいんだよ。」

「ふーん?よくわかんないけど、それも信頼関係なの?」

てか、よく、何も知らないヒトに全て託せるよ。
統さん、おじさんと心中?

「そうゆうこと。……まあ、父も気づいたみたいだし、にほちゃんにも教えてあげよっかな。有名だった投資家だよ。以上。この話はこれで終わり。あとは、夫婦の時間。」

統さんはそう言って、キスした。
深い優しいキス。

「あの日、夢を見たんだ。」

そっと唇を離して、統さんはそう言った。

「あの日って?」

もっとキスしてほしくて、統さんの唇を無意識に追った。
統さんは、なだめるように軽いキスをしてから続けた。

「にほちゃんと、はじめて結ばれた夜。龍神さまがやってきたんだ。湖面からダイレクトに俺達の泊まった部屋に。」
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