専務と心中!
ざっくりとした説明だけど、専務は理解できたらしい。

「それじゃ、さっきのレースでは中部の若い子は、後ろの地元近畿のおじさんを勝たせるためにがんばったのか?滅私奉公?」
「いや。まさか2人に差されるとは思わなかったんじゃない?普段なら、彼についていけるかどうかも怪しいもん。地元三割増だよ。」

中沢さんはそう言って、出走表を指し示した。

「さ。勝ち逃げしたいけど、しょーりの最終レースが本番だから……とりあえず、あったかいとこ行こっか。」

……いや、私、特別観覧席に自分の席あるんだけどー。
なぜか、彼らと行動を共にすることになってしまってるし。
うーん。

そして迎えた最終レース。
専務がくれたお祝儀の5万円を、私はすべて薫と泉さんの二車単にかけた。
泉さんが薫を差してのワンツーに3万円、薫が逃げ切っての泉さんとのワンツーに2万円。

「ほら、声援送って!水島くーん!」

「脚見せ」とも「顔見せ」とも「選手紹介」とも「地乗り」とも呼ばれる、レース前の周回の時、中沢さんは私を無理やり引っ張り出した。

さすがに「薫ー!」と叫ぶわけにもいかないので、当たり障りなく私も
「水島くーん。」
と、声を出した。

薫は、前方を見つめながら、うんうんとうなずいていた。
師匠の泉さんは、どれだけ大声援を浴びても、いつも通り飄々としていた。

気がついたら、中沢さんの姿が消えていた。
買い足しに行ったのかと思ったら、どうやら薫の今の彼女とおしゃべりしてきたらしい。
マメなヒトだな。

「中沢さんって、人懐っこいヒトですね。」
そう言ったら、専務はうれしそうな顔をした。
「ああ。……前から思ってたけど、布居さんって偏見ないよね。誰に対しても。」

……前から?

てか、専務は、私の何を見聞きして言ってるんだろう。
何だかすごく不思議。

「椎木尾くんも、けっこう大変な家だし、彼自身も趣味人なのに。布居さん、ほんと、心広いよねえ。」
専務の言葉に、私の胸がチクリと痛んだ。

椎木尾さんのお家のことは……いい。
どうも田舎の大地主ってだけじゃなくて、遡れば天領の世襲代官、もっと遡ると平安時代に政争で敗れて田舎に引っ込んだバリバリの摂関家の流れを汲む家柄だそうだ。
明治、大正、昭和を経て、平成の今、何の権力も財産もないと椎木尾さんは言っていた。

……あるのは、プライドとアイデンティティだけ、とも。
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