御曹司と愛され蜜月ライフ
「絢巳さん……それは、一体どういう」

「すきな人がいます」



『見合いの件でお願いがある』と、そう話したときと同じ意志の強い眼差しで、絢巳さんがはっきり言い切る。

今度こそ課長は言葉を失ったようだ。あまり見たことがない、虚を衝かれたような表情をする彼は、なんともめずらしい。



「律さんの人柄に、不満があるわけではありません。ただ私はどうしても、……それがたとえ家業のためになることでも、あの人以外の男性と将来をともにしようとは思えませんでした」



彼女の言う“あの人”というのが、きっとすきな男の人のことなのだろう。

まぶしいくらいにまっすぐな瞳で、絢巳さんが近衛課長を見据える。



「人伝に断るだけなら、きっと何かしらの適当な理由を後付けされてしまうでしょう。それではあまりにも律さんに不誠実だと思い、直接謝罪にまいったのです」



そしてまた、彼女は頭を下げた。



「ごめんなさい、律さん。あなたの矜持を傷つけてしまう私を許して欲しいとは言いません。けれどどうか、この縁談は、なかったことにさせてください」



そこで私は気が付いた。床についた絢巳さんの細い指先が、小さく震えている。

きっと、この子は……相手になんと罵倒されてもいいと相当な覚悟を持って、近衛課長を訪ねて来たんだ。ただ、すきな人と一緒にいたいがために。

そう考えると、さっきまでの緊張とはまた別の意味で胸が苦しくなる。

……この人たちがいるのは、こういう世界。

家柄のため、自分の意思とは関係なく結婚相手を決められてしまうこともありえる。そんな、歯がゆい世界なんだ。
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