御曹司と愛され蜜月ライフ
「はぁ……」



人をダメにする巨大ビーズクッションに上半身を埋めながら、私は深々とため息を吐いた。

胸にはなんだかよくわからないネコのキャラクターのぬいぐるみを抱きしめて、仰向けの状態からからゴロリと横を向く。


近衛課長のお見合い相手だった絢巳さんが突然訪ねて来た土曜日から、今日でちょうど1週間。

あす日曜は、課長がハイツ・オペラを出て行く日だ。

さすが近衛課長、決断も早ければ行動も早い。いや、この場合すごいのはそんなタイトなスケジュールで引き受けてくれた引っ越し屋さんなのか……?


とにかく、明日になれば、課長は隣りの203号室からいなくなってしまう。

彼が私に「ここを出て実家に戻る」と話してくれたあの日から、そのことを考えるたびに胸が痛んで。情けなくも、私はこうしてため息ばかりついてしまっていた。



「もう、3時半かぁ……」



特に何をしているでもないんだけど、休日が過ぎていくのはあっという間だ。

さっきまで撮りためていたドラマを観たりしていたんだけど、なんとなく集中できなくてそれもやめてしまった。

課長は、今何してるかな。ちょこちょこ物音が聞こえてるし、明日の引っ越しの準備でもしてるんだろうか。


勝手に考えながら、じわりと涙が浮かんで来る。

ああもう、だめだなぁ。高嶺の花の課長と付き合えるとも、そもそも想いを伝えようとすら思ってないのに。今までのように隣人として話したりできなくなるのかと思うと、涙腺があっさり緩んでしまう。

やさしい課長のことだから、もし、私の気持ちを知ってしまったりしたら……きっと私に申し訳なく思って、応えられないことに胸を痛めるのだろう。

そんなのは、嫌だ。私が勝手に抱いてる感情が、一瞬でもあの人の重荷になるなんて。そんなの、絶対に許せない。


御曹司という肩書きを持つ課長は、もともと抱えているものが多い。

だからこそ、私は私にできることで、少しでも背中を押してあげたい。

自分の恋心が報われなくても。たとえばもう、これっきりで課長が私のことを忘れてしまっても。

私が今、彼にしてあげられることを。



「……よし、」



小さくつぶやいて、クッションから身体を起こす。

スマホとお財布、それから家の鍵とエコバッグ。それらをつっこんだバッグを手に、私は今日初めて玄関を出た。
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