御曹司と愛され蜜月ライフ
最低限のおもてなしはしなければとノンカフェインの紅茶を淹れようとしたら、「とりあえず横になっておけ」と無理やりベッドに押し込まれた。

よく考えたら──いや、よく考えなくても、これってすごい状況だ。こんな真夜中に、近衛課長が私の部屋にいる。

あご先まできっちり掛け布団をかぶりながら、私は今さら羞恥心に苛まれていた。



「ごめんなさい、課長……明日は引っ越しで、忙しいのに」



ベッド脇に腰をおろした課長に、恥ずかしさで身体を小さくしつつもごもごと伝える。

なんでもないような真顔で、課長は答えた。



「気にするな。どうせほとんど業者がやってくれるし……あ、そういえば晩メシ、うまかった。ありがとう」



言いながら、やわらかく笑みを浮かべる。

あのあとメールくれたのに、こうやって面と向かっても伝えてくれるんだ。

……ああ、やさしいなぁ。すきだなぁ。

自然と胸の中で唱えてしまった言葉に、自分で照れてしまう。



「いえ……お口に合って、よかったです」



でも、だめなんだ。この気持ちは、抱いてはいけないものだったんだ。

だって私と彼じゃ、住む世界が違うから。



「卯月は、寝るときは電気全部消す派?」

「あ、はい。そうです」

「ふーん。じゃあ、ここも消すぞ」



私が「えっ」と声を上げるより、課長が立ち上がる方が早かった。

古いこの部屋に照明用のリモコンなんてない。天井からぶら下がった紐を引いて、課長は電気を消してしまった。

真っ暗になった室内で、彼が再び床に腰をおろしたと思われる衣擦れの音だけが聞こえる。
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