御曹司と愛され蜜月ライフ
こんなに近くで初めて見た。今までは、誰かしらに囲まれながら歩いているのを遠目に流し見るだけだったから。

メガネのレンズ越しにも存在感が薄れない、意思の強そうな切れ長の瞳。通った鼻筋。形のいいくちびる。

それから……左目の下に、ふたつ並んだほくろ。


私が固まったまま何の反応も見せないせいか、目の前にいるイケメンが不服そうに眉をひそめた。

そうしてドアについていた左手を動かしたかと思えば、その指先で躊躇なく私のあごを持ち上げる。

さっきまでより堂々と彼に顔を見せてしまう形になって、思わず身体がこわばった。



「ああ、やっぱりそうだ」



ひとりごとのように彼がつぶやく。

メガネの奥の瞳がゆっくりとまばたきしたかと思えば、近衛課長は決定的な言葉を口にした。



「きみは──……総務部所属の、卯月 撫子だな?」



その瞬間。私の頭の中に浮かんだのは、『終わった……』のひとことで。

けれども自分を奮い立たせるよう、ぐっと下くちびるを噛んでから仕事用スマイルを浮かべる。



「どちらさまでしょう? 私、これから仕事なので失礼しま」

「受付嬢の仕事にはまだ早いだろ。ウチの就業開始は9時からだ」



ヒトの言葉をぶった斬って、一蹴する課長。完全に断定してやがる……。

え、ていうかまさか、昨日のあの挨拶だけで私がコノエ化成の社員だってバレてた? 理由はよくわかんないけど、それが関係して私のことドアの向こうで待ち伏せしてたみたいだし。

私のオンオフのギャップ激しいはずなのに、なんでバレた??



「昨日会ったとき、俺のことを『坊っちゃん』と呼んだだろ。ウチの社員が、俺を陰でそう揶揄していることは知ってる」



あ、そのあだ名気付いてたんですね近衛課長。みんなツメが甘いんだから……って、この人今まさか私の心読んだの??! なにそれコワッ!!!



「こうして近くでじっと見てれば、たいていの感情の揺らぎは察することができる。それにきみはわかりやすい」



また読まれた……! というか『わかりやすい』とかそれ馬鹿にされてる??!

いやいやそれより何より、なんで私こんな目に遭わされてんの???! 壁ドンにあごクイとかこの人マジでマンガの中の人か??!!
< 17 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop