御曹司と愛され蜜月ライフ
◇ ◇ ◇
この古いアパートにはちょっと似つかわしくない、IHクッキングヒーターにかけた片手鍋の中身をくるりとおたまでかき混ぜる。
……うーん、もうそろそろいいかな。
そう考えスイッチに手を伸ばしかけたところで、不意に後ろから声をかけられた。
「今日はずいぶん機嫌が良いな。何かあったのか?」
「え?」
思いがけない言葉に、つい振り返る。
まっすぐ視線が合ったのは、この部屋の主である近衛課長だ。今はいつも会社で見るスーツ姿ではなく、Vネックの七分袖サマーニットにジーンズというラフな格好。そして伊達メガネを取り去った完全オフスタイルで、テーブルに片手で頬杖をついている。
課長がこんな格好なのもそのはず、今はお互いとっくに仕事を終えて退社した後だから。
にも関わらずこうして顔を合わせているのは、今日も今日とて私手作りの料理を恐れ多くも近衛課長殿に献上しに参ったためで。
ま、玄関先で「暇なら上がっていけ」という命令を賜ったおかげで、ただ渡すだけじゃなく私自身もこの部屋に足を踏み入れてるわけだけど。……今日は私先にごはん済ませてたのに、もはや一緒に食べるとか関係なくなってるよね。ただの暇つぶしの話し相手兼メイドか。
ウチの会社の御曹司は意外と話好きらしい。今度こそクッキングヒーターのスイッチを消し、手馴れた動作で棚からお皿を取り出す。
「私、機嫌良さそうでしたか?」
「さっきから、ちょいちょい鼻歌うたってるから」
「えっ……そうですか……」
大きめの皿に炊飯器からごはんをよそいつつ、地味にショックを受ける。
いや私、一応上司の家だってのにどんだけリラックスしてるんだ。ていうか、我ながら馴染みすぎ! 普通にクッキングヒーター使って普通に食器出して普通にごはんよそってさあ……!
それもこれも、このお坊っちゃん上司が簡単にヒトを部屋に誘うからだ。最初こそ戸惑って遠慮してたけど、こう頻繁に何回もあるともうすっかり慣れちゃったわ……。